令和6年度版

 

序論 労基法の目的・体系

一 労基法の目的

(一)目的

労働基準法(以下、「労基法」ということがあります。【昭和22.4.7法律第49号】)は、最低基準の労働条件を定めることなどにより、労働者を保護することを目的とした法律です(第1条参考)。

 

即ち、労基法は、憲法第27条第2項が「・・・勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」と規定していることを受けて制定されたものであり(昭和22年に制定・施行されています)、憲法第25条第1項生存権保障の趣旨に照らし、労働者が健康で文化的な生活を送ることを可能にさせようとしたものです。

 

 

(二)労基法の特徴

労基法の特徴として、以下の点が重要です。

 

1 まず、労基法は、労働者の保護の見地から、契約自由の原則修正するものです。

即ち、私的自治の原則(=個人は、自己の意思により自由にその法律関係を形成できるという原則。私的自治の原則から契約自由の原則が導かれます。民法第91条第521条民法改正により契約自由の原則が明文化されました。詳細は、こちらからは、本来、労働契約(雇用契約)の内容の決定等は当事者(使用者と労働者)の自由に委ねられるべきものです。

しかし、実際には労使間の力関係に格差があり、契約自由の原則に委ねては、労働者に過酷な労働条件が強いられるなど、労働者の保護に欠けることを考慮して、労基法が定められています。

 

2 このような観点から、労基法は、具体的には、次のような仕組みを採っています。

 

まず、労基法は、労働条件の最低基準等を定めています。

例えば、労働時間は、原則として、1週間について40時間、1日について8時間を限度としなければなりません(第32条)。

 

そして、このような労基法の規制の実効性を確保するため、使用者が労基法の規制に違反した場合、原則として罰則が適用されることとし(取締法規としての性格。労基法の公法的側面。この他、労基法の公法的側面として、行政上の監督制度も挙げられます)、他方で、労基法に違反する労働契約の部分は無効とし、その無効部分は労基法で定める基準に引き上げるなど、労基法に私法上の効力(労基法が当事者間の労働契約の内容を規律(修正)する効力)も認められています(労基法の私法的側面)。

 

3 なお、労働基準法は、いわゆる労働法といわれる分野(労働関係を規律する法分野のことです。すでに、「全体構造」の個所で学習しましたように、これは講学上の呼称であって、「労働法」という独立した法律があるわけではありません)の中心であり、そのうち、個別的労働関係法(個別の労働者と使用者との間の労働契約をめぐる法律関係を規律する法。これも学問上の呼称です)に属します(既述の「全体構造」のページの「労働法」の図(こちら)をご参照下さい)。

同じく個別的労働関係法に属する「労働契約法」の場合は、罰則行政上の監督といった取締法規としての性格(公法的側面)がない点が労基法との大きな違いです。

 

 

二 試験対策上のポイント

労基法は、一見、わかりやすい規定もあり、勉強しやすいともいえますが、各規定・制度等を十分理解した上で、知識・情報を確実に記憶していきませんと、得点は取れません。

 

また、労基法の学習の際に、労働契約法その他の労働法の知識が必要となる場面もあり、労働法全体を把握していないと、今一つすっきり理解できないような個所も出てきます(特に、「労働契約」については、しっかり基礎を固めることが必要です。そこで、当サイトでは、労基法の学習の際にも、労働契約法その他の労働一般に関する多くの知識を取り上げていき、かつ、断片的な知識の羅列にならないように体系上の位置づけ等を随時示していきます)。

 

さらに、労基法の選択式の出題傾向を考えますと、判例を押さえる必要があります。

 

例えば、令和5年度の選択式試験においては、年次有給休暇の使用者の時季変更権の行使時期に関する【電電公社此花電報電話局事件=最判昭和57.3.18(こちら。労基法のパスワード)】から1つの空欄が、また、不活動時間の労働時間の該当性に関する【大林ファシリティーズ事件=最判平成19.10.19(こちら)】から1つの空欄が出題されました。

 

令和4年度の選択式試験においては、配転の適法性(転勤命令の権利濫用性)について判示した【東亜ペイント事件=最判昭61.7.14】から出題されました(こちら。解説は、こちら以下)。

 

令和3年度の選択式試験においては、タクシー乗務員の歩合給から割増賃金分を控除して支給する旨の賃金規則の適法性が問題となった【国際自動車事件=最判令和2.3.30】から出題されました(こちら。解説は、こちら以下)。

 

令和2年度の選択式試験においては、労働者性に関する【横浜南労基署長(旭紙業)事件=最判平成8年11月28日】から2つの空欄が出題されました(こちら)。

 

令和元年度の選択式試験においては、休業手当について、無効な解雇期間中の賃金と中間収入の控除との関係が問題となった【あけぼのタクシー事件=最判昭和62.4.2】から出題されました(こちら以下。本判決からは、平成23年度の選択式でも出題されています)。

 

平成30年度の選択式試験においては、退職後に同業他社に転職したときの退職手当の減額を定めた就業規則の条項の適法性が問題となった【三晃社事件=最判昭和52.8.9】から出題されました(こちらの3。解説は、こちら)。

 

平成29年度の選択式試験においては、長期連続の年休の取得に対する使用者の時季変更権の行使の可否が問題となった【時事通信社事件=最判平成4.6.23】が出題されました(こちらの1。解説は、こちら(労基法のパスワード)。本判決は、平成22年度の選択式でも素材となっています)。

 

平成28年度の選択式試験においても、解雇制限期間に関する【学校法人専修大学事件=最判平成27年6月8日】(こちらの1。解説は、こちら以下)が出題され、平成27年度においても、事業場外労働に関する【阪急トラベルサポート派遣添乗員残業代事件=最判平成26.1.24】(こちら)が出題されました(昭和62年の年次有給休暇の最高裁判決に関する出題もなされています)。

平成26年度においても、年次有給休暇に関する【八千代交通事件=最判平成25年6月6日】(こちら以下)が出題されています。

 

なお、平成29年度頃からの選択式においては、直近ではなく、少し古い最高裁判決が題材とされるという従来との出題傾向の変化が見られます(試験委員の退任による影響といえます)。

ただし、令和3年度の【国際自動車事件=最判令和2.3.30】は、出題の前年の判決が題材となっています。

 

読んだことがない初見の判決文にいきなり選択式で出会ってしまうのは、かなりのハンディを負うこととなります。

従って、出題対象となり得る最高裁判決は、あらかじめ十分分析して、対応できるよう準備しておく必要があります。

当サイトでは、試験対策上、準備が必要な最高最判例については、ほぼカバーしています(古い判例でも、重要なものは多いです)。

そして、各判例の事案、考え方等を簡潔に説明し、判例を分かりやすく、かつ、体系的に押さえられるように工夫してあります。

 

もちろん、通達も選択式に出題されており、判例と同様にマスターしておかなければなりません。当サイトでは、通達も詳細にご紹介しています。

 

初学者の方は、最初は細かい知識についてはスルーして、制度の意味や基本的知識を押さえることに力を入れて頂きます。

しかし、最終的には、判例等も含めた細かい知識まで踏み込んで覚えて頂く必要があります。

初学者の方も、当サイトでゴロ合わせ等を提示している個所や暗記して下さいといった旨の記載のある個所は、初めの段階から覚えるようにして下さい(当サイトのゴロ合わせ等に従う必要は全然ありません。ご自分で覚えやすい記憶の仕方をして下さい)。

 

 

三 労基法の体系

ここで、労基法のシンプルな体系を掲載しておきます。

 

【労基法の体系図】

 

 

 

上記の体系図について説明致します。併せて、当サイトの法律学習に関する考え方をいくつかご紹介しておきます。

 

まず、労基法においては、使用者と労働者との間の関係を規律しますので、これらの当事者が問題となります。これが、前掲の図の 「主体」に関する問題です。

(およそ法律においては、関係者(当事者)が問題となりますので、「主体」という視点は常に必要となります。)

 

また、労基法においては、労働条件等を対象としますので、当然、労働条件が問題となります。これを、同図の 「 客体」に関する問題としておきます。(「客体」という表現は、便宜上のものです。「対象」でも、かまいません。)

 

さらに、労働条件を定めるものとして、労働契約(雇用契約)のほかに、就業規則、労働協約などが問題となります。これを、同図の 「 労働条件の決定(規律)システム」に関する問題としておきます。

 

この労働契約等については、時系列に沿って、「発生(成立)➡ 変更(展開)➡ 消滅(終了)」というフレーム・枠組みに知識を乗せて整理するのがお勧めです。

法律においては、この時系列による把握もオーソドックスな思考方法であり、当サイトでは、今後、様々な個所で利用していきます。

この時系列による整理によって、知識の混乱を防止できますし、時系列による手続(届出等)の把握は実務上も有用です。

 

もっとも、学習初期の段階では、この時系列のフレームについては、あまり気にされなくて結構です。

様々な科目の知識を包含してきますので、かえって混乱しかねないからです。

学習が進行するに連れて、時系列に沿った視点を意識してみて下さい。

 

参考までに、この時系列のフレーム例として、下部に労働契約の体系図(こちら)を掲載しておきます。

 

前掲の労基法の体系図に戻りますと、 「その他」の問題として、先にも触れました(こちら)「労基法の実効性の確保」を位置づけておきます。

この問題は、裏返せば、労基法における広義の「効果」の問題とも重なります。

即ち、労基法が各規定で定めた規制(これが広義の「要件」にあたることになります)に違反した場合、広義の「効果」として、罰則等の問題が生じるという関係になっています。

この「要件 ➡ 効果」の考え方については、下部で再度触れます。

初学者の方は、ここらへんは深入りしないで頂いて結構です(おいおい理解して頂けます)。

 

以上の労基法の体系は、基本的に、「主体(当事者)」「客体(対象)」「その他の法律関係」といったフレームに沿って整理したものです。

このフレームを利用した整理方法として、例えば、年金法の体系図をご紹介致します。

 

➡ 年金法の体系図(こちら

 

ちなみに、老齢基礎年金の体系図は、こちらです。

 

なお、「体系」は、知識の効率的な整理等のために便利ではありますが、「体系」それ自体に意味があるわけではなく、また、「体系」を覚えても試験で得点できるわけでもありません。頭の整理方法の一つに過ぎないことは、ご了承下さい。

 

 

ここで法律学習の際の重要ポイントをいくつかご紹介致します(すでに冒頭のページにおいても、基本的な考え方はご紹介しましたが、ここでは少し詳しく見ます)。

 

学習の際、まずは、各条文、制度等の趣旨(目的のことです)をしっかり押さえることが不可欠です。

よいテキストかどうかは、この各条文等の趣旨をどのように表現しているかによって判断できるくらいに、趣旨の理解は重要なものです。

学習を進めるうちに、なぜそうなっているのかよくわからない個所が出てくるはずですが(当サイトでは、そうならないように詳細な理由づけを記載しています)、 このような場合、考えるための拠り所は、まずは、当該条文等の趣旨となります。

つまり、その条文・制度等がなぜ定められたのかを、改めて考えてみることです。

 

また、条文・制度等の趣旨を考える際に、対立関係にある利益状況を考察してみることも重要です(法律は、対立する利益間を適正に調整することを大きな目的として定められるものだからです)。

例えば、労基法の場合は、法の目的が労働者の保護にありますから、労基法の各制度においても、当然、労働者の利益を保護する仕組みが作られています。

ただし、そうはいっても、労働者の保護ばかりに重きを置いた制度を構築しては、使用者の利益等を不当に害することになりますから、使用者の利益等にも配慮して制度は定められています。

 

より具体的な例を見てみます。

例えば、労基法において、法定労働時間制の例外である変形労働時間制が定められている理由は、一方で、労働時間を短縮すること等により労働者の保護を図ることにあるのですが、他方では、業務の繁閑等に対応して柔軟な営業を可能にすることによって、使用者の経営の利益(事業運営の円滑性の確保)を保護することにもあるのです。

 

また、後に学習しますように、労基法第3条(均等待遇)においては、「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。」と規定されていますが、この「労働条件」には「雇入れ」(採用)は含まれないものと解されています(即ち、雇入れ・採用の際に、求職者の国籍、信条又は社会的身分を理由として不採用等の差別的取扱いが行われても、この労基法第3条自体には違反しないということです。疑問を感じる方もおられるでしょうが、詳細は後に学習します)。

本問の背景には、求職者(労働者ではありません)の人権保障の要請と使用者の営業(経営)の自由の一環としての採用の自由の尊重の要請という対立利益間の難しい調整の問題が潜んでいます。

 

要するに、各条文、制度の趣旨や解釈の争い等の背景には、「労働者の利益 ⇔ 使用者の利益」とか、「経営の円滑化の確保の要請 ⇔ 経営の適正化の確保の要請」、「利用者にとっての利用の便宜の要請 ⇔ 運営者にとっての事務処理負担の軽減の要請」といったような大きな対立関係をいかに適正に調整するのかという配慮が潜んでいるのであり、このような事情を考慮することよって当該制度等の本質により迫ることができるようになります。

 

リーガルマインドとは、このような対立する利益状況(3者間の対立など、複数の利害対立が生じている場合もあります)を的確に押さえた上で、それらの間の適正な調整を法に基づいて説得的に示すことができる能力をいうものと考えています。

 

 

労基法の話に戻ります。

以下、前掲(こちら)の「労基法の体系図」の 「客体」に関する「労働条件」のうち、「労働時間・休憩・休日」について詳しい体系図を掲げ、この図を例にして、もう少し法律学習のポイントについてお話します。

 

後掲(こちら)の「労働時間・休憩・休日」の体系図をご覧頂きますと、知識・情報を「原則」「例外」というフレームに従って整理していることがお分かり頂けると思います(「例外」については、「特例」・「特則」ということもあります)。

法律において、この「原則 ➡ 例外」の思考方法は、極めて重要であり多用されます(実際の社会生活が複雑なため、原則一本やりでは対応できず、例外という修正を図る必要が生じるのです)。

「原則と例外という考え方」は、ごくありふれた思考方法であるためともすれば軽視されがちですが、法律学習においては、最も重要の考え方の一つとして重視することが必要です。

知識が増えてきますと、知識どうしの関係が見えなくなってくることがありますが、その際、この「原則 ➡ 例外」のフレームに沿って知識を再整理してみると、視界がすっきりしてくることがあります。

 

もう一点、法律学習で重要なことは、「要件 ➡ 効果」というフレームに従って知識を押さえる必要があるということです。

平たく言えば、「要件」とは「条件」といったもので、「効果」とは「結果」といったニュアンスの用語です。

例えば、民法では、当事者が売買の合意をするという売買契約の「要件」を満たした場合に、売主は買主に対して売買代金の支払請求ができ、買主は目的物の引き渡しを請求できるといった「効果」(権利義務の発生となることが多いです)が発生します。

労基法の場合は、上述しましたように、「罰則」等が一種の「効果」となっている特殊性はありますが(これは、刑法等でも同様です)、個々の制度において、やはり「要件 ➡ 効果」の思考が不可欠となります。

 

例えば、1箇月単位の変形労働時間制を学習する際は、その要件と効果に着目して知識を整理します。

また、平成28年度の選択式試験で出題されました「企画業務型裁量労働制」に関する空欄のC(こちら)も、企画業務型裁量労働制を実施するための「要件」である「対象業務」に関する問題です。

日頃から、企画業務型裁量労働制の実施の「要件」を意識的に整理して記憶しておく必要があったのです。

 

このように、各科目のテキストや条文は、常に「要件」と「効果」を意識しながら読むことが必要です。

当サイトにおいては、「要件」と「効果」をきちんと押さえる学習方法を採っていきますので、当サイトのご利用により、自然に「要件」及び「効果」に着目する視点が身につきます。 

  

 

以上で、法律学習に関するいくつかのヒントを終わりにします。

以下、労基法の学習の際に参考になる体系図を少々掲載しておきます。

「労働条件」に関する体系図と「労働契約」に関する体系図です。

細部は今後学習しますので、初学者の方は、大枠だけご覧下さい。学習経験のある方は、ご自分の知識との照合作業をして下さい。   

 

 

【労働条件の全体構造の図】

 

【労働時間、休憩、休日の体系図】

 

 

 

 

 

さらに、前掲(こちら)の「労基法の体系図」のうち、 「労働条件の決定システム」のなかの「労働契約」の体系について掲載しておきます(詳細は、労基法の「労働契約」の個所(こちら以下)で学習します)。

「発生(成立)➡ 変更(展開)➡ 消滅(終了)」という時系列、及び「要件 ➡ 効果」の視点を軸として、知識を整理しています(下記の図において「要件 ➡ 効果」は、「発生」の問題においてのみ記載しています)。

 

労基法においては、この「労働契約」の体系図のうち、「発生」における「労働条件」の問題や「消滅」における「労働契約の終了」(解雇等)の問題などを学習する程度ですが、労働法全体の「地図」の一つとして、この「労働契約」の体系図は重要です。

もっとも、この「労働契約」の体系図については、労基法以外の知識(労働一般の労働契約法など)を広く必要としますので、学習の初期段階ではざっと眺める程度にして先に進んで下さい。

 

【労働契約の体系図】

 

以上、労基法の体系をざっと見ました。体系についての詳細につきましては、各個所においてご紹介していきます。

 

なお、学習の順序としては、初学者の方の学習のし易さを考慮して、体系における「主体」の次に、「労働条件の決定システム」を学習し、その後、「客体」として労働条件等に入っていきます。

「労働条件の決定システム」のうちの「労働契約」について、初めの方で学習した方が労基法(労働法)全体がわかりやすいためです。

「労働一般」における「労働契約法」と「労基法」については、その基本的な性格の違い(罰則、行政上の監督制度の有無)は重視する必要がありますが、両者を完全に分離して学習するのは得策ではありません。

例えば、就業規則の作成義務や記載事項については労基法に規定があり、就業規則の効力(効果)については、労働契約法に規定があります。これらを全く分離して把握するのでは、就業規則の全体構造は把握できませんし、実務上も混乱しかねないでしょう。

当サイトでは、労働契約、就業規則、労働協約及び労使協定等の「労働条件の決定システム」をまとめて早いうちから把握しておく学習方法を採ることにします。

 

それでは、次ページから、さっそく本編の「主体」の学習に入ります。まずは、「労働者」からです。

この「労働者」の問題は、奥が深く難解ですので、試験対策上は余り深入りし過ぎない方がよろしいです。

 

  

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